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大阪高等裁判所 昭和36年(う)655号 判決 1961年11月27日

控訴人 被告人 郭建新

弁護人 佐々木哲蔵 外二名

検察官 道前忠雄

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人の弁護人佐々木哲蔵、林三夫、長尾悟三人連名の提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(法令の適用違反の主張)について、

しかし所論援用の被告人の麻薬取締官に対する各供述調書はその各記載の内容を精査しこれに原審及び当審証人川浪常男の各証言を参酌するときは、優にその任意性が認められ、又所論援用の被告人の麻薬取締官に対する昭和三五年五月一八日附及び同月二〇日附の供述調書、検察官に対する昭和三五年五月一六日附の供述調書が被告人に対する本件起訴以後において作成せられたものであることは所論指摘のとおりである。しかし刑事訴訟法第一九七条によれば、捜査官は捜査についてその目的を達するため必要な取調べをすることができるのであつて、公訴の提起以前たると以後たるとを問わないものというべく、従つて同法第一九八条の捜査官は「被疑者」に対して出頭を求めこれを取調べることができる旨の規定は決して制限的の規定ではなく、捜査官は起訴以後の「被告人」に対しても捜査上必要があるにおいてはこれが取調べをすることができるものと解せざるを得ない。ただ公訴の提起以後においては刑事訴訟法の構造上、被告人は当事者たるの地位を取得し検察官と同等の立場において攻撃防禦を行うものであり、又裁判所が主体となつて公判中心主義に立脚して公判手続を進めるものであるから、捜査官の起訴以後における取調べを無制限に許容することはできない。すなわち右取調べは公判手続に支障を及ぼさず且つ被告人の防禦権に影響を及ぼさない限度内においてのみ許容されるべきである。捜査官の起訴以後における被告人の取調べは右の制約に反しない限り必ずしも第一回公判期日以前に限るものでもなく、又起訴に係る訴因以外の共犯関係等に限定する理由も見当らないのである。今本件につき所論に鑑み記録を精査するに、本件第一回の公判期日は昭和三五年三月一七日に開かれ被告事件に対する被告人及び弁護人の陳述があつてから検察官から追起訴のため期日続行の申立があつて弁護側の異議なくして続行となり、第二回公判期日は昭和三五年四月二三日に指定せられたが被告人の病気不出頭により延期となり、第三回の公判期日は昭和三五年七月七日に開かれ実体審理に入つた事実がそれぞれ認められるから、捜査官の右取調べのため本件公判手続に支障を及ぼした事実はこれを認め難く、又被告人は本件起訴以後直ちに長尾悟、林三夫を弁護人として選任しており、且つ昭和三五年四月一二日保釈決定により自由の身となつたのであるから、被告人が前記取調べに応ずるに当つては弁護人とも相談の上十分防禦権を行使し得たであろうとの事情を認め得るが故に捜査官の右取調べが被告人の防禦権の行使に影響を及ぼしたものとも到底認められないのみならず、被告人及び弁護人は原審公判廷において、検察官の右書証の取調請求に対し所論の如き理由で右書証に証拠能力がないという異議を何等止めていないのであるから仮に瑕疵があるとするもその瑕疵は治癒されたものといわなければならない。これを要するに所論の右書証は適法の証拠能力を有し且つ十分その任意性、信憑性が認められるから、原判決がとつてもつて右書証を本件断罪の証拠に供したのはもとより正当であつて、原判決には毫も所論の如き採証法則の違背は存しない。論旨は理由がない。

同第二点(事実誤認の主張)について、

しかし原判決挙示の各証拠を総合するにおいては、麻薬たる知情の点を含めて優に原判示事実を認め得べく、縷述の所論に鑑み記録を精査して見ても原判決には毫も事実の誤認を疑うべき事由を発見できない。さすれば縷述の所論はひつきよう独自の見解に立脚して原判決の正しい事実の認定、証拠の価値判断を非難するに外ならないものと認められるから、所論は到底採るを得ない。論旨は理由がない。

同第三点(量刑不当の主張)について、

所論に鑑み記録を精査検討するも、本件犯行の動機、態様、交付麻薬の数量、罪質その他記録に現われた諸般の犯情に照らすときは、所論を十分考慮するも原審の科刑は相当と認められ刑の執行を猶予すべき特別の犯情があるものとは到底認められない。

よつて刑事訴訟法第三九六条、第一八一条第一項本文の規定に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 畠山成伸 裁判官 松浦秀寿)

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